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ましおの教育観

ましおがほぼ毎日、教育ネタをどっかから拾ってきてアレコレ書いてるやつです。

地域に教育という切り口で入る難しさ

ども、ましおです。

2017.2.10に取り上げる話題はこちら。

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headlines.yahoo.co.jp

トピック

①教育の理想型を模索する意義

②地方に教育という切り口で入る難しさ

③それでは、どうするのか?

①教育の理想型を模索する意義

「多様な学び」や文科省の推進する高校魅力化事業など、教育の理想型はずっと模索されている。しかし、どれも地域差や個体差が多くて一般化にしにくいとい難点がある。それでも、やはり基本形があった方が扱いやすいこともあるし、人類の知恵として後世に残すという意味合いでも研究はいつまでも続けたらいいと思う。
②地方に教育という切り口で入る難しさ

外部の人が、その地方の課題を解決しようとするとか本質が見えてこないことが多い。自身の例で考えると、仙台でフリースクールを作れないか?なんて考えてみたが、震災以降の貧困問題を学習支援という場を通して解決されている。そして、居場所にもなっているそうだ。不登校問題の大きな理由の2つである貧困層への学習支援と居場所作りが1つの場で完結していて、その機能を持つフリースクールは必要とされていない。(仙台の事業者から直接聞いた話)この情報は外部の人間は知ることはなく、その土地で暮らしてみないとわからない。教育の理想型を持ち込んだとしても、土地に馴染むとは限らないこともあるようだ。
③それでは、どうするのか?

それでも、教育は地方という単位より都道府県や国という単位で数えられてしまう。その地域ごとの課題は十人十色なのに。その現場をどう打破できるのか?それは、地域の人材と国家の人材を同時に現場に入れることで解決できるんじゃないかと考える。国単位ではこう考えていると伝える文科省人間がいて、現場では何が課題かを伝える地元出身やベテランの先生がいる。その調整役に、ファシリテートできる外部の都市型人材を入れてみたら、地方ごとに教育デザインが生まれてくるんじゃないかなぁ。

 

東北に教育(※特に不登校関連)で、仕事を見つけようとした時に体験した話から考えたことをまとめてみました。地域差がそれぞれに存在して、都市型の価値観をそのまま持ち込もうとしたら歪曲してしまいそうな気がしたんです。なんだか、難しい課題だなぁと思いながらも、その土地で育った人は結構解決する力がありそうで、僕で言えば関西圏でなら、そこそこ活躍出来そうな気配はしました。(まだまだ各地方のことを知らないだけとも言えますが)

今回は、チャレンジ断念!!みたいな感じですが、いずれ地域という単位の教育問題に取り組んでみたいと思います。とりあえずは、教育関係で楽しく学べる職場を探すとします。栄養吸収しながら、根を広げていくイメージかな。

ほな( ´ ▽ ` )